戦前、家庭の日用品は、そのほとんどを職人の手仕事によって供給されていました。
しかし、戦後になると、そのほとんどが工業製品となりました。
このような中で、多くの伝統的工芸品の置かれている立場は、非常に厳しいものです。
生産高は安定していますが、生産量は、2 6万個(昭和51年度)から 23万個(昭和57年度)に減少しています。これは、昭和53年頃から輸出が0になったことも原因だと思われます。
企業規模についても、企業数・従事者数が共に減っています。
これは、竹千筋細工特有の性質上、高年令化し小零細企業がほとんどなので、従事者の死亡や廃業による結果です。
そして、後継者が少ないことも、その原因です。
資本金0の企業がほとんどで、従事者3人以下(主人・妻・祖父)が過半数を占めています。
又、市内の他の産業(地傷産業)と竹製造業との比較すると、平均勤続年数・労働時間が゜長い割に、賃金が低く、そしてエ場面積が狭い。このような現状は、そのまま「駿河竹千筋細工」業界が抱えている問題です。
大きな課題として、後継者不足・新製品の開発・需要の開拓の3つがあげられます。
そのため、組合としては研修などを行い、改善に努めています。
今後の万向としては、PRによる知名度のアップ、デザインの工夫とニーズをつかんだ製品づくり、付加価値の高い商品づくりが重要であると考えます。
従事者の推移
年度(昭和) |
企業数 |
従事者 |
年商(千万円) |
47 |
55 |
131 |
? |
49 |
48 |
120 |
? |
51 |
48 |
120 |
36 |
52 |
30 |
85 |
37 |
53 |
30 |
77 |
35 |
57 |
27 |
69 |
39 |
静岡竹工芸協同組合調べ。
昭和52年から企業数が減っています。
(昭和58年発行、静岡竹工芸協同組合資料より) |