「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」(伝産法)では、技術について次のように決められています。
|
伝統的工芸品は昔から伝わる技術や作り方で作られたものですが、では、その「昔」とは、いつ頃のことなのでしょうか。
工芸品の技術は、日本人の暮らしと、奈良・平安・室町時代に外国から伝わってきたすぐれた技術がとけあって生まれました。
江戸時代には、鎖国のため日本は外国との交流をやめて独特の文化を育てていく中で、それぞれの地方(藩)が競って工芸に力を入れました。そして、現在まで伝わる技術や作り方が完成しました。
1.大昔(縄文時代〜弥生時代)
石で矢尻(やじり)、土で土器、木や竹でさまざまな道具を作り、狩りや農作業などに利用していました。
静岡の登呂遺跡からは、竹籠の他、漆塗りの琴が発掘されました。(参照→伝統工芸品って、何からできてるのかな?)
琴の方は、登呂で作られたのか、邪馬台国など大きな国からの贈り物だったのか、中国からの渡来品だったのかわかりませんが、竹籠などは、実際に安倍川周辺の竹を使って作っていたようです。また、土器は、実用に使われるのはもちろんですが、縄文式土器と言われるように、模様を付けていました。と言うことは、実用だけでなくデザイン性もあったと行くことですよね。
2.飛鳥、奈良時代。仏教文化とともに朝鮮半島や中国から技術者がやってきて、さまざまな技術を伝えました。
このころ作られた法隆寺や仏像、奈良の大仏など、すばらしい技術ですね。奈良時代の東大寺正倉院には、いろいろな工芸品が残されています。
宝物の種類は、仏具、武器武具、薬、文書典籍、文房具、楽器楽具、遊戯具、宮中儀式の品、調度品、服飾品、飲食器、工具など多種多様であり、動物の毛皮や角、鳥や玉虫の羽、貝殻や真珠、木や金属、玉石、ガラスなど、さまざまな素材を、当時の最高水準の技法を使って作り上げられています。("正倉院宝物" Microsoft(R) Encarta(R) Encyclopedia 2001.より ) |
シルクロードを通ってきたこれらの工芸品は、日本の工芸文化を向上させたでしょうね。
ところで、みなさんがお使いのお箸。なぜ、箸と呼ばれているんでしょうか?
木の端を持つと言う説もありますが、使い方が鳥のくちばしに似ているところから箸と呼ばれるようになったとも言われています。
お箸も奈良時代の頃日本に入ってきました。昔は、2本箸でなく1本の木を曲げたピンセットのような形をしていたかもしれないそうです。
3.平安、鎌倉、室町時代。
日本の伝統と中国から伝わった技術とがとけあって発展していきました。このころ作られた慈照寺(銀閣寺)の内部には、書院造りとよばれるけ美しい建築の技術が見られます。
4.安土、桃山時代。
南蛮船と呼ばれるスペインやポルトガルの貿易船がやってきて、さまざまな技術や物を伝えました。そのため伝統的工芸品には、陶磁器の絵模様などのようにヨーロッパの文化に影響を受けたものも少なくありません。
5.江戸時代。
鎖国をしたために、日本独特の文化として発展。各地の藩が工芸品を産業としてすすめ、現在まで伝わる伝統的工芸品の技術や作り万のほとんどが 完成しました。
多くの工芸品は外国の技術者に学んだり、外国の品を見て研究したりして、すぐれた技術が生まれたんですね。その後、だんだん日本人の暮らしに合った使われかたを考えて、発展してきたんですね。
伝統的工芸品の秘密 静岡の伝統工芸品○全国の工芸品